第171号:就活本の読み方

ネット社会の到来・活字離れの影響などで出版業界が構造不況業種と言われるようになって久しいですが、不況の時ほど売れるのは心理学系の書籍だと聞いたことがあります。そんなことを考えながらふと書店を覗いてみると、就職や雇用に関する書籍も意外と目に付きます。この分野も不況になるほど売れるのかもしれません。その中でたまたま目に付いた1冊をご紹介しましょう。

 

「就活って何だ -人事部長から学生へ-」森健、文春新書、2009.9

就職課の方であれば、既に読まれている方も多いと思います。著者の森健氏はここ数年IT分野を中心に著作を出されてきたライターで、就職に関するものは今回が初めてのようです。就職活動はいまや壮大かつ複雑怪奇な情報戦になっておりますので関心を持たれたのかもしれません。有名人気企業15社を選び、今春の採用活動を終えたばかりの人事部長を訪問取材してまとめたものですが、いわゆる就職活動に関する業界人ではないので書き方がニュートラルで良いと思います。

 

この書籍の良いところは、まずは人事部長がその企業の採用選考方法や質問内容を具体的に説明しているところです。各企業の選考ステップの概要は企業ホームーページに掲載されていることも多いですが、そこでどんな形式でどんなことが質問されているか、そしてどのような視点で評価しているかはわかりませんので、応募学生にとっては参考になるでしょう。(勿論、ここで書かれている質問がそのまま出ることはないでしょう。)次には、こうして15社のコメントを並べて読んでみると、業界の特色や企業風土が浮かび上がって見えてくるところです。例えば、「採用活動は大イベントであらゆるセクションから人員を投入して対処する」というような企業からはチームワークというよりも真面目でやや滅私奉公的な体質が感じられます。一方、人気が急上昇して有名大学の学生が押し寄せた企業の人事部長の「こんな優秀な人材が大勢来るのは変だ」という言葉からは飾らない個性や感性、やや博打的な楽観性さえも感じられます。この2社が「じりつ」という言葉にそれぞれ「自律」「自立」という漢字を当てているのが象徴的です。

 

さて、逆にこの本を読む上で気をつけなければならないこともあります。例えば、人事部長が語っている目線は、現場の一次選考を行う担当者のそれとは必ずしも同じではないところです。多くの企業では現場担当者と人事部長の視点をあえて別のものと考えて多方面から総合的に判断する手法をとっていることが多いです。そのため人事部長が面接する応募者は一定基準をクリアした粒揃いだということです。ですので、多くの人事部長が実例としてあげている人間味溢れる応募者の「男は黙ってサッポロビール」的な体験談は、基本的な水準をクリアした上での個性だということです。

余計な心配ですが、来年の選考ではこの本に書かれた事例や対応をそのまま繰り返す応募者がこの15社に押し寄せるような気がします。勿論、そうしたマニュアル人間は簡単に不合格になってしまうことでしょう。

 

このように、この本はとても参考になる反面、人事部長の言葉を鵜呑みにするのも考えものです。しっかり読み込んで読み比べて、厚化粧の人事部長の下にあるホンネを感じ取って欲しいものですね。そうした洞察力の発揮も、人事部長達からの隠されたメッセージなのかもしれません。

第170号:「求める人材像」を求めるな

10月に入り、いよいよ採用担当者も先の見通しが見えないままに2011年卒の学生に向けた広報活動に動き出しました。今期は昨年の今頃と違って、最初から厳しい環境を前提としてのシーズンの始まりですので、採用担当者の顔も例年より険しい感じです。こんな時期には当然、選考基準が高くなりますので、学生側もワンランク・アップして挑戦する心構えが必要です。

 

今年もかなり厳しいということは大学・学生側も承知しているようで、「求める人材像」とは何ですか?と例年以上に真剣に尋ねられます。しかし私見ながら、不況期にはこうした問いを尋ねることが間違っていると思います。というのは、この質問の心には「どう言えば内定するのですか?」という気持ちが隠れており、つまり大学受験と同じで正解を答えられれば必ず内定が出るものという誤解(というよりは今はすがりたい気持ち)があるのでしょう。

この件については、以前にもこのメルマガで書いたとおり、企業採用担当者が答える「求める人材像」と選考基準とは異なるものです。企業が先の見えない環境下で厳選採用するときに、あえて「求める人材」をいうならば、自分でそれを提案できる人材、(他者の意見を参考するのは良いですが)他者に頼らず自分で考えて行動できる人材です。つまり、「求める人材像」など求めない人材が求められるのです。「自分はこんな人材です。是非、御社にはオススメです!」と自分に自信をもって語れる人材が良いのです。(根拠のない自信だけでも困りますが。)

 

そうは言っても、当事者の学生や大学就職課の方ならば、やはりある程度の求める人材は知りたいところですね。その場合は、その企業のどんな仕事で、どんな部署で、と採用するポジションを絞って聴いて戴けると良いと思います。ただ漠然と「求める人材像は?」だけでは、採用担当者としては無難な最大公約数しか回答できませんが、部署等を限定して戴けるとかなり回答しやすくなり、採用選考基準にも近付いてきますし、そうした質問の仕方で志望の本気度も感じられます。

 

余談ですが、採用担当者に「求める人材像」をしつこく尋ねてくる人々が他にも居ります。それは、採用コンサルタントの方々です。「御社は求める人材像が明確ではない!」と説教されることもあるのですが、こちらとしては「ごもっとも。」とだけお応えして余りまともに取り合わないことがあります。確かに採用面接者のレベル合わせや、効率をあげるためには自社の求める人材像をある程度まで把握して共有しておく必要があります。しかし、中途採用ならともかく、仕事経験がない学生についてはそうした基準にしばられて採用担当者の人を見極める目が画一化しても困ります。

 

つまり、採用担当者も「求める人材像」を常に模索し続けているのです。決められた採用基準だけで選考できたらこんな楽なことはありません。その答えが見つかった!と思った途端、今春のように経営環境がガラッと変わったり、採用選考基準(採用数)がいきなり変わったり、とても悩みがつきない仕事なのです。

やはり、こうした時期は「戦略的な頭と、行動的な体と、楽観的な心」で向かいたいものですね。

大学職員も学生さんも採用担当者も。新しいシーズン、頑張って行きましょう!