第123号:裁判員制度の判決と採用担当者の評価

今、大きな注目を集めている日本の法制度の大改革である「裁判員制度」があります。これまでは職業裁判官のみの判断で判決・量刑が決まっていたわけですが、今後は一般市民が裁判員として判決を下すようになります。つい先月、全国でその模擬裁判が実施されたところ、同じケースであるにも関わらず、一般市民の判断には大きなバラツキが出てしまいました。実は、この状況は企業人事部の内部事情ととてもよく似ているのです。

 

今回の模擬面接は、架空の殺人事件をケースにして全国35カ所で実施されましたが、一般市民の判断は、無期懲役から懲役16年まで約7つに分かれてしまいました(最も多かった判決は懲役20年)。その判決が分かれた理由はいろいろあるようですが、最も大きなものは裁判員の量刑に対する「相場観」だそうです。プロである職業裁判官の場合は、ある事件のケースにおいて、「この事件ならこの位の量刑だろう・・・。」と他の判例を考慮しながら懲役を決めるのです。ところが、一般市民の場合は、その相場観が殆ど無いためにこのようなバラツキがでたようです。(ちなみに、模擬裁判の被告人の演技はあまり影響が無かったとのこと。)

 

さて、この状況と企業の採用面接が似ているのは、人事部の面接者は職業裁判官と同じく”プロ”であり、現場の社員が面接に加わる場合、これが一般の裁判員に当たることです。人事部の面接者は数多くの応募者に触れて、合格・不合格の結果まで見ており、ベテランになると応募者とちょっと話しただけで、すぐにその応募者が、内定・ボーダーライン・不合格のどの辺かと直感が働きます。つまり面接者としての「相場観」を持っているのです。

ところが、人事部から依頼されて面接に加わった経験の少ない一般社員にはこの相場観が無いので、やってきた応募者についての判断にバラツキが出がちです。その結果、現場面接者は不合格の判断をなかなか下せず、内定またはボーダーラインにすることが多くなります。(ここが人間の心理で、面接で不合格を出すというのは相当なプレッシャーなのです。)

 

そこを補強するのがプロである人事部の面接者なのです。一般社員の意見を聴きながら意見交換し、今の応募者が自社にとって希有な存在なのか、平均的な存在なのかという「相場観」を伝えながら最終的な判断を下します。しかしながら、人事部の面接者でも自分の知識や経験値の弱い分野、例えば文系人事部員が理系応募者を面接するような場合は、逆に人事面接者は一般社員の判断に引っ張られがちです。

 

採用選考では現場の求める人材を的確に判断することが大事なので、業界や企業の方針によって異なりますが、こういった人事部と現場社員の交流による採用判断は今後ますます増えてくると思われます。しかし、裁判員制度同様、人事部から面接を依頼された一般社員は相当なプレシャーでしょうね。たまに応募者より緊張している面接者が居たりします。こちらも模擬面接をやらないといけませんね・・・。

 

第122号:スタート・ダッシュで始まった09シーズン

後期授業が開講し、大学内での就職ガイダンスが本格的に始まりました。多くの大学で企業合同説明会や就職活動に関するセミナーが開催されていますが、今年は非常に、というよりも異常に学生の動きが早いように感じます。

 

例年、この時期には大学に呼ばれて自己分析や業界研究等のセミナーを行っております。既に数校回っていて驚いたのは、例年と比較して参加学生が異様に多いことです。若干増どころではなく、2倍・3倍となっており、余裕をもって用意したはずの会場に受講者が溢れて大学職員の方が慌てております。売り手市場と言われる中で、学生の動きがスローになるならわかりますが、何故この様な動きになっているのかはまだわかりませんが、いくつか要因を想像してみます。

 

  • 企業側の要因

・今年は企業の夏休みインターンシップが急増して学生に火を付けた。

⇒昨年と最も異なるのはこの点だと思います。学生と話していても夏のインターンシップに参加した学生が非常に増えています。

・インターンシップで仕事や企業の本質は理解していない

⇒今はOne-dayのような仮想的なインターンシップが多く、参加しても仕事の実態が理解されずに期待だけが膨らんでいます。(通常のインターンシップでは、現実を知って進路を考える学生も出ますが、最近はゲーム・イベント感覚で関心を高めるタイプが多くなっております。)

 

  • 学生側の要因

・マスコミやメディアに影響されやすくなり、周りと一緒でないと安心出来ない。

⇒IT環境の進化等により、情報が高速大量に流れて今の若者は非常にマスコミやメディアの情報に敏感であると同時に、自分独自の判断で動く学生が少なくなっているように見えます。これは昨年から急に変化したわけではなく、IT環境の進化は90年代後半から始まった来ていることですが、企業からの採用情報がシーズン前から準備万端、満を持して配信され始めたのは今シーズンからです。(昨年はまだ業界や企業によってムラがありました。)情報が長期間大量に流れると、多くの人間は画一化された意識と行動パターンをとるようになります。企業の採用担当者が広報活動に全力を尽くすようになったのも全く同じです。

 

さて、シーズンが始まったばかりの今、この動向が何処まで続くかわかりませんが、先日の大学での内定者による就職体験談の司会を行ったとき、ちょっと感動した学生(有名企業内定者)がおりました。

「私は留学のため、実質、1ヶ月間しか就職活動はできませんでした。」

留学自体はもう珍しくはありませんが、このセリフを自信をもって発言した学生が光って見えました。もしかすると、この学生に内定を出した採用担当者も私と同じ印象をもったのかもしれません。就職活動は、最終的に自分と他者の相違点をアピールすることなのですから。

 

第121号:改正雇用対策法の求人年齢制限禁止

この10月1日から施行された改正雇用対策法では、企業の募集・採用時の年齢制限の設定が禁止されました。米国では人種・性差別と同様に以前から法律で禁止されておりましたが、ようやく日本でも適用されたわけです。ところが、日本企業の雇用慣行の主流である新卒採用については例外として見送られ、新卒募集要項には応募資格に「××年卒業見込」という表記が許されています。

 

このような例外が認められたのは、今回の年齢制限禁止の狙いが中高年や30歳を超えた年長フリーターなどの就職機会を広げる点にあったためですが、新卒採用という日本独特の雇用慣行にはまだ社会的に合理性があるということなのでしょう。もしも、いま新卒採用に年齢制限が禁止されたら、学生と企業の双方にデメリットが生じます。

 

学生が卒業後いつでも企業に応募出来るようになると、既卒の方の経歴はかなり多様になるので面接選考にコスト(時間・手間)がかかります。実際、採用担当者で既卒(中途)採用に慣れている方もそうは多くありません。採用担当者も転職経験のある人の方が少ないですし、大企業では新卒と中途採用の担当者は完全に別になっていることも多いです。

 

もし、こういった現状を踏まえなずに新卒採用の年齢制限が撤廃されたなら、企業側に採用する意思がないのに採用される可能性があると考える応募者が増えてしまい、結果的に双方が無駄な労力を費やすことになります。法的な見地からは不公平なことですが、雇用機会均等法で女性差別が撤廃されても、未だに「一般職採用」が残っているのと同じです。(寧ろ、復活を喜ぶ学生・企業がある位です。)

 

しかし、それも時間の問題でしょう。というのは、少子化という人口構造が変化しない限り、企業はいずれ中途採用(年齢不問採用)に力を入れざるをえませんから変化は確実に進みます。既に、同じ既卒でも他社で良い職業経験のある「第二新卒」は人気の的になっており、水面下の奪い合いになっています。

 

あまりのんびりともしていられませんが、日本は欧米社会の短期契約関係とは違って長期信頼関係を重視する農耕型民族です。流血革命は苦手で世界からは遅れているように見られるかもしれませんが、雇用問題というのは民族の労働観や文化的な側面も大きく、優劣で語るものではないと思っています。