第169号:キャリア・ヒステリシスの回避へ

前回、前々回と政府の緊急若年雇用対策について論じてきました。多くの企業の採用担当者が2009年採用の扉を閉じて2010年採用に舵を切りはじめたいま、緊急避難的に頼りになるのはやはり大学しかないと思います。

 

就職相談を受けている4年生に、もし内定がとれないままだったらどうするか?と尋ねてみると、意外と多いのが「とりあえず卒業して考える」であり、その理由の多くは授業料の負担です。数年前なら「とりあえず就職留年する」の方が多かったのですが、不況の中で親に迷惑をかけたくないという心理が強く働いているのかもしれません。

しかしながら、採用担当者の視点で考えると、新卒無業の状態になるのは非常に危ういように思われます。長らく「大学卒業=企業就職」というタイムラグのない就職慣行が続いてきたので、採用担当者は卒業時に就職できなかったという事実を聴くと「何かあるんじゃないか?」という疑心暗鬼にかられるのです。「第二新卒」という労働市場が形成され、やりなおしのできる社会になりつつあるとはいえ、それは不況期に不本意な就職をした若者が転職をする方であればこそで、社会における経験(新社会人研修)で鍛えられていない新卒無業の若者には相当に高いハードルのままです。

 

そこで緊急避難的な対策として大学に提言したいことは、(就職)留年をしやすくする制度をつくることです。具体的には留年時の授業料負担を大幅に減らすことです。例えば、

・卒業必要単位の90%を習得した学生に奨学金を支給する

⇒1年間の留年を低コストで認める(内定取り消し対応と同じ⇒10万円での学生身分保障)

・留年中のキャリア形成活動(留学・インターンシップ等)を義務づけ、企業推薦する制度を創設する

⇒企業の採用選考コストの削減にもつながり、キャリア教育の充実にもなる

これらには、大学のキャパシティの問題や、大学評価と採用選考基準の摺り合わせ等、大きな課題がありますが、現在の厳しい経済状況を考えて是非チャレンジして欲しいと思います。

 

私は先日この提言を大学院の講義でも「キャリア・ヒステリシスの回避」という名で報告いたしました。「新卒大学生が、卒業年次の社会経済の好不況によってその後のキャリアの成否が決定される状況を如何に回避するか?」という課題に対し、「外部労働市場が発展するまで、卒業年次を本人の意志で柔軟に選択できる環境を用意すると同時に、就業のためのキャリア教育と就職支援を充実させる。」というのが私の結論で、上記の提言がその具体策です。

新卒時に就職ができないと将来にわたってのキャリア形成に影響を及ぼすという、いわゆる「学卒未就業問題」がありますが、これまで大学生よりも高校生において大きな問題として指摘されてきました。しかし、今後は大学生にとっても非常に大きな問題になってくるでしょう。今年はこの問題を考えて対策をとるべき元年にするべきだと思うのです。

 

*「キャリア・ヒステリシス」というのは私の造語です。ヒステリシスというのは物理学用語で、一度力を加えて変化させてしまうと、加える力を最初の状態のときと同じに戻しても、状態が完全には戻らないことを言います。一度折れ曲がった金属が完全には元に戻らないように。勿論、人間は金属とは異なり、折れ曲がったことは強みにもなりますね。

第168号:政府の「若年雇用対策プロジェクトチーム」-2

前回に引き続き政府の若年雇用対策について見てみます。「緊急」と名付けられただけあって、本当に8月26日に重点雇用対策(案)が出てきました。これも政権交代前の滑り込み予算獲得のようですが、若年雇用対策の重要性については新政権でも異論はないでしょう。

 

この政策の迅速性は良いのですが、やはり課題は実効性の方です。発表になった対策案の多くは、これまで省庁毎に縦割りで行っていたものであり、それらは中長期的な施策です(例えばキャリア教育の充実等)。新卒大学生に関する本当に新規の(緊急の)対策を探してみると以下の通りでしょう。

 

・内閣府(主幹)・・・「若年雇用者会議の開催」「企業・学生の実態調査」

・文部科学省(文教政策)・・・「就職相談窓口の充実」

・厚生労働省(雇用政策)・・・「事業主への求人取組促進と助成措置」

・経済産業省(産業政策)・・・「ジョブカフェによる中小企業の求人開拓」

 

期せずして厚労省・経産省の政策は、前回私が書いた企業の採用活動支援の方に近付いてくれました。しかし、これらの政策の実効性を求める時に採用担当者の視点で続けて言いたいのは、実行主体者は誰かということです。どんなに良い政策であっても、それを請け負う実行主体に実力が無ければ税金の無駄遣いになりかねません。逆に言うと、これまで政策が成果を出せなかったのは政策の問題ではなく、請け負った団体や組織に問題があったのではないでしょうか。

やや乱暴な提案ですが、今回の選挙で国民が政権交代を求めたように、政策の実行主体者を以下のように交代してみては如何でしょう。

 

・文教政策⇒就職課から民間企業で5年以上の採用経験者または企業内キャリアカウンセラーへ

大学就職課に緊急の外部就職相談員を採用する費用を支給する

・雇用政策⇒ハローワークから採用した事業主(企業)へ

日本における社会人の最強の教育機関は「企業」なので、2010年新卒の能力開発費用を支給する

・産業政策⇒ジョブカフェから民間就職情報企業へ

企業の活きた求人広告費用を支給する、地方から都心の就職セミナーへの旅費交通費を支給する

 

蛇足ながら、こうした政策は危機に瀕している就職産業に対する産業政策にもなるのです。大不況の現在、多くの企業が広告宣伝費を大幅に削減しておりますが一般の商品CMは無くても消費者にとっては致命的ではありません。しかしながら、職業生活のライフラインとも言うべき貴重な求人広告については不況下でも維持する必要があると思うのです。

さて、新政権ではどうなるのか引き続き注視していきたいと思います。

 

▼参考URL:

「若年層に対する重点雇用対策(案)」(内閣府)2009年8月26日

http://www5.cao.go.jp/keizai1/2009/0302shiryou2.pdf