第264号:半沢直樹から何を学べるか?(学べないか?)

皆さんはドラマ「半沢直樹」はご覧になっていましたか?関東地区で今世紀最高の視聴率(42%)を記録したそうですが、私の授業で尋ねてみたら、やはり約4割の学生が視聴しておりました。私は学生に勧められて途中から見始めたのですが、企業の実情をなかなかよく描写していて面白かったです。反面、人事を経験した人間としては、学生には誤解が無いように理解して欲しい点が多くありました。

 

最も気になったのは、やはり「出向」という言葉の扱いです。出向は業界・企業によって意義や運用方法が大きく異なります。このドラマのメガバンクでは、出向は「地獄行きの片道切符」という扱いで、出向になったら仕事人生はもう終わり、という描かれ方でした。しかし、グループ経営の形を取る企業では出向はそれほど悲惨な人事異動ではありません。例えば、海外現地法人へ駐在に出るケースなどは出世とも言えますし、大手製造業の人事部員もよく開発生産をしている子会社に出向しますが、それは本社ではできない労務管理の経験を積むためです。そして、そもそも出向とは必ず元の籍のある企業に戻ることが前提で、以下のような場合は法的に問題になる可能性があります。

 

▼出向が権利の乱用として無効になる可能性のある場合

・業務上の必要性を欠く場合

・人選の合理性を欠く場合

・職種がまったく変わる場合や勤務態度が著しく変化する場合

・復帰が予定されていない場合 等

 

また、半沢直樹のようなトラブルにぶつからなくても、銀行の人事制度は官僚と同じく、支店長になれなければふつうに出向です。初めてこの銀行の運用方法を聴いた時には、やはり「出向=左遷」と思って銀行に就職した多くの知人を可哀想だと思っていましたが、人事部になってから改めて銀行の人事の人と話すと、良くできたシステムだと思いました。当時、一般企業での転職先斡旋は、高齢者のアウトプレースメントくらいでしたから。

 

実際、私の大学の後輩の銀行マンは、日経新聞の経済教室に記事を書くほど優秀でしたが、その後、良い企業に出向(その後、転籍)になって幸せに暮らしています。もっとも、銀行から来た人は数字に強いと思い込まれて苦労したそうです。ドラマのように趣向銀行マンは経理に配属されることが多いのですが、バブル崩壊後は、与信管理(融資金額)がコンピュータ・システムですぐに分かる時代となり、ちゃんと決算書がわかる銀行マンは貴重な存在になってきました。たまに、出向を受け入れた企業から、仕事ができないのでお返しします、と戻されることもあります。(そして、また別の企業に出向になるのですが。)

 

このように、企業者のTVドラマはとても楽しめますし良い企業研究にもなるのですが、上記のような人事についての知識がないと、良くできているだけに、学生にはそれが一般的な事実と思われかねません。逆に言うと、こうしたドラマが楽しめる位に志望企業・業界の研究をしてきて欲しいものです。

 

第263号:採用担当者を休ませて働かせよう

夏休みもたけなわです。インターンシップの対応等がない採用担当者もこの時期は比較的のんびりされているようです。倫理憲章で広報活動の解禁が12月になったお陰かもしれませんが、来年は更にまた時期がズレます。採用担当者の方々に来期の対応を伺ってみると、異口同音に「まだどうして良いのかわかりませんが、何かしないことには・・・」という回答が返ってきます。採用担当者はすっかり休むことを忘れてしまったようですね。

 

採用担当者が「季節労働者」と言われていたのは、インターネットが世の中に広く普及する前、90年代後半まででしょうか。ちょうど就職協定が廃止になった頃ですね。私が営業部から人事部に異動したのは4月で、人事部が採用選考のピークでした。まだ採用活動のことを殆ど知らないままに、会社説明や面接の嵐に巻き込まれ、終電を追いかける毎日になりました。そんな時に先輩が言った言葉を今でも覚えています。「俺たちは季節労働者さ。今は大変だけど、夏になれば毎日(午後)5時に帰れるよ。」

 

20年近く前のことなのに今でも鮮明に覚えているのは、とても信じられないという強烈な印象だったのでしょう。しかし、その言葉は本当で、8月にはそれまでの騒ぎが嘘のように仕事がなくなりました。これも記憶に残っているのは、「本当に早く帰って良いのかな?」という感覚です。勿論、それなりの年代になれば仕事は自分で作り出すものですから、いくらでも新しいアイデアを出して主体的に仕事をすることはできます。しかし、考える間もなく作業に忙殺され続けていると、考えて仕事をする能力が衰えてきます。言い換えると、無思考に作業を続けるのは楽なのです。

 

就職協定がなくなり、インターネットが普及し、膨大な応募者がやってくるようになり、エントリーシートやセミナーの嵐、そして更には3年生向けのインターンシップの準備に留学生対応・・・。今の採用担当者は作業に忙殺されて考えて仕事をする余裕がなくなってきています。10年以上もこの状態が続いているのです。

 

そんな今、政府の方針でいきなり採用時期を遅らせろと言われました。これは「そんなに仕事をしないで下さい。」と言われたのと同じことです。本来ならば、喜んで季節労働者に戻り、今の仕事の問題を洗い出したり新しい企画を考えたり、余裕がないとできないことに取り組むものです。しかし、そうした考える仕事をする能力や感覚を忘れると、「まだどうして良いのかわかりませんが、何かしないことには・・・」というセリフが出てくるのかもしれません。

 

今回の倫理憲章の改訂にあたり、私は採用担当者に大事なことを考えて貰う時間にあてて欲しいと思っています。そうしたことができるのが採用担当者の夏休みであって欲しいと思います。

 

もし採用担当者がどうして良いか途方にくれていたなら、大学のオープンキャンパスにでも招待してあげてはどうでしょうか?オープンキャンパスはどこも盛況ですが、採用担当者が大学にやってきて、「大学の授業に期待すること」とか「就職活動と採用活動の今後の課題を考える・・・」といった対談の企画は見かけません。企業も大学も有意義なオフシーズンを過ごす季節労働者であればと思います。