第270号:採用活動に関する大学との共同研究-7

今年も人事労務管理を研究している大学のゼミ生との共同研究報告会を行いました。今回で9年目になりますが、本年度のテーマは『ゼミ活動の実態と有用性』で、簡単に言えば、採用担当者は何故、大学の勉強を重視しないのか、ということです。先日、日経新聞の一面に、企業人事は大学成績を重視するようになるとの報道がされましたが、大学の学びを理解するにはいろいろな課題があるようです。

 

学生達がこの問題意識をもったのは、インターンシップの選考面接での体験からです。「あなたが最も力を入れていることは何ですか?」というお約束のコンピテンシー面接に、彼らは待ってましたとゼミ活動のことをアピールしたのですが、面接者はあまり関心を示してくれず、「サークル活動は何かやっていますか?」「アルバイトは何をしていますか?」と幅広く質問を投げかけてきたそうです。(これは複数の企業で同様に見られた現象でした。)

 

何故、学生の本分である勉強のこと、それも講義のような座学ではなく、議論を繰り返して論理的思考や問題解決力を鍛えるゼミ活動のことに関心が持たれないのか?真面目で熱心な学生達は、この点を猛烈に調べ始め、以下のような現象の確認と仮説をたて、大学生約700名と企業約60社にアンケート回答をとり、更に企業人事部16社への訪問取材を行って検証しました。

 

① 面接においてゼミ活動のエピソードを話している学生は少ない

② 企業はゼミ活動の実態を把握できていない

③ 企業はゼミ活動について自ら質問をしない

 

ここで明らかになったのは、採用担当者は大学の勉強を軽視しているわけではなく、学生も話さないし、採用担当者もゼミ活動について詳しくないので、勉強を一所懸命に行った学生の評価ができない、ということです。大学の勉強(ゼミ活動)は、「役に立たない」ということと、「良く知らない」ということが混同されていたのです。採用担当者の興味・理解・評価は、そのバックグラウンドに応じて変わってくる、もっとストレートに言うと、大学で勉強(ゼミ活動)を熱心にやらなかった採用担当者は、勉強を軽視しがちだということです。その後、学生達からは、以下のような提言がなされました。

 

① 学生に向けて:ゼミ活動を必死にやると同時に、説明力を身につける

② 大学に向けて:ゼミ活動の特性を理解できる客観的データを提供する

③ 企業に向けて:ゼミ活動を理解出来る場にやってきて見学・参加する

 

この報告を聴いた企業採用担当者の方々からは、ここ数年で最も良くできた報告だ、との評価を戴きました。それは来年度の採用活動時期の後ろ倒しに際して、何かをやらなければ、という採用担当者の気持ちにも響いたからでしょう。冒頭でお伝えした授業成績の再評価も同じ気持ちから始まったものではないでしょうか。この研究成果が多くの採用担当者に理解され、来年はより良い就職・採用活動がなされることを祈りたいと思います。末文になりますが、皆様、良いお年をお迎え下さいませ。

 

第269号:「入社試験手数料」から見えること

企業の採用広報活動が始まり、いろいろと面白いニュースも飛び交っていますが、ドワンゴ社の新卒入社試験の受験料制度は最近の出色です。実は、私も採用担当者時代(15年くらい前ですが)にやってみたいと秘かに考えていました。当時と違うのはネット環境による応募の急増ですが、こうした採用手法の基本的な戦略や課題はあまり変わっていないと思います。

 

今回の企画の意図については、創案者のドワンゴ会長のインタビュー(文末URL参照)に詳しく語られています。こうした記事はニュースにみせた宣伝活動ということもありますが、この記事についてはかなり真面目に語られていると思います。その中でも、私が注目したのは、会長が採用担当者のやり方に何度も激怒している点です。これは有名企業ではあまり出てこない自己批判のコメントですが、採用担当者は「求める人材」や「あるべき採用手法」または「やってはいけない採用手法」について気づいていないことがあります。ベンチャーから急成長した大企業によく見られる現象です。

 

どんな会社でも最初は人材獲得に苦労します。当然ながら新卒採用など行わず、中途採用でできる人を必死にかき集めます。特に同社のようなIT業界では、コンピュータオタクでとても一般企業では勤まらないような人材が集まり、公私混同で鬼のように仕事をします。会社の中で喧嘩のように意見をぶつけあいます。場合によっては社員が会社を飛び出て物別れになることもしばしばです。それこそがスタートアップのベンチャー企業の爆発するようなエネルギーなのですが、運良くそうした企業が成功すると、いわゆる大企業病的になり、無難な選択しかできなくなってきます。

 

ライブドア時代で絶好調時の堀江貴史氏(ホリエモン)に「最近の人事の課題は何ですか?」と尋ねた時、「最近の社員は辞めないんですよ。昔は意見がぶつかりあってどちらも譲らず『こんな会社辞めてやる!』『おお、辞めちまえ!』といったことがあり、飛び出た社員は自分で会社を作ってしまったものです。ところが最近の若い社員は、意見がぶつかると『わかりました』とすぐに引き下がって辞めないんですよ。中途半端な人が増えてきたんじゃないかな。」という答えが返ってきました。

 

有名企業になってくると本来の「求める人材」ではない人材が大量にやって来ることになり、気づかぬ間に採用の手間ひまもコストも上がります。しかし、もっと注意しなければならないのは、採用担当者がそのことに気づいて手を打てるかどうかです。ドワンゴ社の「受験手数料」、ホンダの「優等生不要」、ソニーの「学歴不問」、岩波書店の「縁故重視」等は、全ての人に応募して欲しいわけではなく、わかる人だけに応募して欲しいという意味では同じ考えです。こうした戦略を経済学では「自己選択メカニズム」と言います(文末URL参照)。まさか同社がそうした経済学を学んだ学生を狙ってのことだとは思いませんが、今の採用活動を考え直すキッカケをくれたというのは良いことだと思います。

▼参考URL:

「新卒入社試験の受験料制度導入について」 (ドワンゴ)

http://info.dwango.co.jp/recruit/graduate/guideline01/

「ドワンゴ「入社試験に受験料」発案の川上会長に聞く」(ITmedia)

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1312/06/news064.html

「自己選択メカニズム」(早稲田大学 武藤泰明教授)

http://muto-web.jp/rensai/keyword036.html