第226号:大学でちゃんと学べばESは書ける

企業のエントリーシート(ES)の締切が迫ってきています。オフィス街のファーストフード店に入ると企業のロゴが入ったESを前に考え込んでいる学生が無数に居ります。中には数人で添削し合っていたり。これだけ熱心に勉強してくれたら・・・と思わされます。私の方でもESの評価をしますが、最近の学生は本当に文章を書く力が落ちたと思います。大学の授業で教えていることをしっかり理解していれば、相当に対処できるはずのですが、教員が教えていないのか、学生が学んでいないのか・・・。

 

私は、大学の授業は立派に世の中の役に立つと考えております。直接仕事に通用する知識ではありませんが、アカデミックスキルとは相当に応用範囲が広いものです。例をあげて説明しましょう。

 

・一次情報にあたる

昨年このコラムで、大学では「事実」と「意見」を峻別することが必要だと書きました。レポートも「事実に基づいて意見」を展開するものだということですが、更にその「事実」は一次情報でなければなりません。文学であれば、誰かの書いた評論(二次情報)ではなく原典を読めということです。原典の読後なら他者の評論も自分の視点で解釈できますが、そうでなければ受け売りになってしまいます。一次情報にあたるのは手間暇がかかります。外国文献ならば語学のハードルもあるでしょう。しかし、そうした地道な作業こそが大学での研究活動であり、そこから忍耐力や文章力が身に付きます。

 

・複数の情報を集める

更に、一次情報でも可能な限り多くの情報を集めることです。例えば経営学で労働者の意識調査を行うとき、アンケート調査(定量調査)やインタビュー調査(定性調査)を実施しますが、一人や二人の回答では一次情報とはいえ信憑性に欠けます。時間や費用の許す限り、数多くの情報を集めることが必要です。そして、そうして集めた複数の一次情報を、集計したり解釈することによって、分析力や判断力が身に付きます。

 

・持論を展開する

更にこうした作業後に重要なのは、分析した情報をじっくり考察して自分の意見を考え出すことです。これが忘れては、レポートの個性が出てきません。これによって創造力や提案力が身に付きます。

 

翻って学生の書くESを読んでみると、志望動機の殆どが企業のセミナーやWebに掲載されている情報だけを元に書かれています。それらが人事部の用意した二次情報であることに気付いていないのでしょう。結果、誰でも似たようなESになってしまいます。ちょっとできる学生ならば、OB訪問で一次情報を求めにいくでしょう。しかし、一人や二人の社員に会っただけでその企業全体がわかったつもりになるのは早計です。そうした分析が甘いことを理解しつつ、更に多くの情報を集めるか、異なる情報リソースを求めていく、そうした学生ならば、事実に基づいた持論を展開できるようになります。つまり就職活動を上手くできる学生とは、ちゃんと大学の授業で学ぶべきことを学び、それを応用できる学生なのですね。

 

第225号:岩波書店の紹介採用はあたりまえ

岩波書店の採用手法(とりあえず『紹介採用』と呼びます)が話題となりました。既にネット上では沈静化してきたようですが、私も意見を述べてみます。結論から言えば、これは岩波書店(従業員約200人)のような中小企業ではよくあることです。法的にも何の問題もありませんし、私が採用コンサルタントならば、推奨したいくらいの方式です。

 

・縁故(コネ)採用ではない

どこの企業でも、縁故採用というのは発生します。というのは、縁故採用というのは採用担当者が積極的に働きかけるものではなく、応募者側から売り込んでくるものです。それも採用担当者の雲の上から。なので、紹介採用は縁故採用とは異なりますし、仮に縁故採用であったとしても、民間企業である限りどんな採用方式をとろうと自由です。公務員や何処かの地方自治体の教育委員会のでもないのに、厚生労働大臣の事実関係を調べるなどとは論外です。

・優良中小企業は紹介採用で十分

岩波書店の説明の通り、採用数が数名という中小企業では、ITを使った大量母集団形成を行う今の新卒採用方式(とりあえず『リクナビモデル』と呼びます)は不合理で、数百万円もの費用などかけていられません。実際、中小の優良企業は本当の縁故採用でも(応募者側から)人気で、取引先の業者や金融関係からの紹介だけで意外と良い人材が集まります。中小企業でリクナビモデルを使うのは、ITベンチャーのように社会での評価がまだ浅かったり、急いで人材を集めなければならない場合です。

・ミスマッチ防止でほめても良い

紹介採用は、かつて普通に存在した「指定校制度」と似ています。今回の論議で、岩波書店を指示した方々が指摘しているのはリクナビモデルの非生産性で、巨大母集団の選抜に学生も採用担当者も疲弊しており、これは壮大なミスマッチ生産システムと言っても良いでしょう。厚生労働大臣が顕彰すれば、ハローワークの仕事も少しは楽になることでしょう。

・紹介採用は逆リクルーター制度

岩波書店の主張では「これは選考基準ではなく応募条件」だそうですが、いずれにしてもこれは応募者の努力で作ることができるものです。もし今回の論議を機会に同社の方々がアプローチしてくる学生に積極的に会ってくれるようになったなら、これは「逆リクルーター」または「全社員リクルーター」ということですし、新しい採用方式ですね。OB/OG訪問の開拓能力が求められるわけです。

 

ただ、今回の経緯を注意して見ていると、岩波書店もまったく新しい採用方式として積極的に行ったわけではないように感じます。もともと慣行になっていたのを書面にして関係各位に連絡したのがネット上に公開されて炎上し、そこで同社も開き直って説明したように見えます。ネット社会と対極にあって泰然としていた紙文化重鎮の岩波書店らしい盲点で、さぞや驚いたことでしょう。

以下、参考サイトURL:

▼岩波書店、採用で「著者か社員の紹介必要」(読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120202-OYT1T00976.htm

▼謹告、小社の「定期採用」報道について(岩波書店)

http://www.iwanami.co.jp/company/index_s.html