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第347号:キャリア教育と大学メディア化

3月も残り少なくなり、大学内就職セミナーもひと休みで、卒業式と入学式のシーズンですね。私事ながら私も年初に修士論文を提出し、先日修了が認められて大学卒業式に学生として出席できることになりました。研究テーマは、大学と企業のミスマッチの検証とその対策です。大学の教育改革と企業の採用改革を同時に行う提言ですが、これは大学を「メディア化」することです。

 

大学メディア論は、東京大学の社会学者である吉見教授が提言するものです。私はこの論を読んだ時、これを大学キャリア教育として応用してみようと思いつき、キャリア教育の定義を「大学と社会をつなげるもの」と決めました。それは社会の出来事を大学の各学問の知見を使って解きほぐし、広く社会に伝える役割です。その代表的な手段がビデオ教材を使った授業で、この5年間で10本の業界・企業を扱ってきました。

 

ビデオ教材そのものは就職セミナーでも使えるものですが、授業として使う場合は産業理解だけではなく、ビデオ教材を正課授業との関わりを考えさせてディスカッションをしたり、レポートを書かせたりする点です。そうした過程を経て、学生として必須の「メモを取る」「不明な点を考え討議する」「思いついたことをプレゼンテーションやレポートにまとめる」「締め切りまでに完成させる」ということを指導してきました。

 

こうした効果は、大学内就職セミナーを見ていてハッキリわかりました。上記授業を受講していた学生は、採用担当者の話しが終わって質疑応答の時間になると、真っ先に手を上げて深い質問を投げかけていました。一方で講義型の受け身の授業ばかり受けてきたと思われる学生は、セミナー中もメモをとらず聴きっぱなしで、質疑応答でも無言であったりレベルの低い質問(採用選考や待遇面に関するもの等)しか思いつきません。

 

そして今年度は更に進め、チーム分けした学生達にビデオ教材のテーマ設定から企業選択・訪問・撮影交渉まで体験させてみたところ、見事に国際航空物流企業(ANA Cargo社)の了解を取り付けて最新作を仕上げることができました。最初は上手くいくか心配しましたが杞憂でした。大任を与えられた学生には自主性がうまれ、判断力も責任力もつきました。来年度は規模を広げて多くの学生にインターンシップとして経験させ、その成果物を他大学とも提供できれば大学メディア化は更に広がると思います。

 

これまで学生に会社案内やWebを作らせる企業インターンシップは定番プログラムとしてありましたが、企画から更にメディア化、授業化まで行うものはなかったのではないかと思います。もしこうした学生発の成果物が蓄積され、大学というメディアで授業や就職セミナーで共有できれば、春の大学内説明会の風景も変わってくるかもしれませんね。

 

▼参考URL:『大学とは何か 』吉見 俊哉 2011年(岩波新書)

https://www.amazon.co.jp/dp/400431318X/

▼参考URL:法政大学産学連携ビデオ教材新作発表会(3月29日)

http://www.hosei.ac.jp/NEWS/event/170309.html

第346号:採用担当者に勧めたいアクティブラーニング

3月に入り、各大学での企業説明会が一斉に始まりました。大教室を満員にする人気企業もあれば、小さなブースなのに誰も寄りつかない企業もあったり、採用担当者も悲喜こもごもです。私も学生気分に戻っていくつかの企業説明を聴講してみましたが、採用担当者のプレゼンテーションスキルにはかなりの差があることがわかります。学生とコンタクトする時間は短いからしっかり心を掴むプレゼンをしなければなりませんが、採用担当者は他社のプレゼンを聴く機会はなかなかないので、自分のプレゼン能力に気づけない方も多いようです。

 

大学内企業説明会はいろいろなパターンがありますが、30分程度の短いプレゼンテーションを数回繰り返すパターンが多いです。採用担当者にとっては、学生に深く理解して貰うよりも後日自社内セミナーや選考会に引き込むための学生の情報を得る方が目的のようですから。こうした企業の採用担当者のプレゼンで上手くないと思うのは以下のようなパターンです。

 

・一方的に話し続けている。(スキル不足)

大学の講義と同じで、一方的に話しを聴き続けるというのは非常に辛いことです。深い質疑応答までいかなくても良いので、会話の途中で相づちを求める簡単な問いかけをしたり、クイズのような簡単な質問を投げたりしてコミュニケーションを図る方が、学生とのコミュニケーションもとれて企業の印象が良くなります。大学授業で言えば、いま盛んに言われているアクティブラーニング型の進行ですね。

 

・自社に対する熱意を出せていない。(情熱不足)

就職して営業希望だったけれど何故か採用担当者に配属されてしまった新人型社会人に多いパターンです。自分自身がまだ十分に会社のことを理解していないのと、「自分はこんな仕事をするはずじゃなかった。」というわだかまりをもっていることが多いです。また、生真面目な若手社員は「この会社よりもっと良い会社があるはずだ。」という気持ちも抱えていたりします。そうした採用担当者は「良かったら聞いて下さい。」と言います。あまり熱意を前面に出されても引いてしまいますが、自社に対する誇りや自信を感じない採用担当者が出てくると学生は敏感に感じ取ります。

 

・自社の情報だけしか話せない。(情報不足)

質疑応答で学生から「御社の強みは?」「業界の方向性は?」などと自社の説明以上の幅広い質問を問われると、うまく答えられない採用担当者がいます。これは経験によるものなので、先輩社員がフォローすべき点なのですが。とりあえず母校に派遣されたリクルーター等は、焦ってしまいます。

 

採用プレゼンで怖いのは、学生は目の前の採用担当者がその企業のレベルと思い込みがちなことです。企業には多くの社員がいて、能力の高い人もそうでない人も居ますが、この時期のように多くの大学に社員を一斉に派遣しなければならない場合、必ずしもプレゼンの上手くない人もいるわけです。

逆に、学生の方が「採用担当者だけの話しを鵜呑みにしてはダメだな」「直接OB訪問して確かめてこよう」とか判断力を高めてカバーしてくれることを望みたいですが、あまりに多くの情報を目に前にするとどうしても第一印象だけで判断しがちですね。お互いが不幸なスレ違いにならないように祈りたいです。

第345号:文科省天下りと縁故採用

法の運営者たる国家公務員が、それではダメでしょう。文科省の天下り問題です。教育を司る公務員が国会で堂々と(?)釈明している姿には、怒りを感じるより呆れて脱力しました。しかもそのためのマニュアルが用意され、採用したら非常勤講師から常勤に格上げせよなどと圧力をかけてきたと聞くと、非常勤講師の薄給で働く私などは、開いた口が塞がりません(羨ましくなります。)

 

国家公務員法で天下りが禁止される前のことですが、私が社会人になって初めて天下りを目の当たりにしたのは防衛庁関係の仕事をしていた某企業でのことです。仕事柄、個室をもつ役員クラスのお偉いさんは憶えていたのですが、その中で名前はあっても一度も姿を見たことのない方がおりました。社員の方に「あの個室はどなたですか?」と尋ねたところ、「それは聞いてはいけません。」とたしなめられて事情を理解しました。当時は違法ではありませんでしたし、まあ世の中そんなものかと思っていましたが、上級国家公務員の中ではいまだに昭和時代が続いているようですね。

 

さて天下りと似て非なるものですが、民間企業には縁故採用があります。多くの採用担当者は好きではありませんが、それでもビジネス上の大人の理由から気を遣った面接を設定し、慎重に結果を出して対処しなければなりません。私も採用活動の責任者だった時に、数多くの縁故者を面接しました。面接した応募者のおよそ半分くらいは普通に応募しても合格するようなレベルでしたが、残り半分は会社の仕事についてこられないレベルでした。能力不足と判断した場合は、紹介者に気を遣いながら結果通知をします。

 

それで一件落着すれば良いのですが、まれに「それでもなんとか採ってくれ」というゴリ押しがあって、無理に採用させられたこともありました。すると配属した現場から「なんでこんな奴を採ったんだ!」とクレームが飛んできます。「人事部に返すから引き取れ!」と言われ、こちらでその後の面倒をみたこともありました。縁故採用が全部悪いとはいいませんが、実力に見合わない企業に無理に背伸びして入っても、結局、本人のためにもならないと思います。

 

縁故採用に似たもので、最近は日本でも「リファラル(referral=紹介)採用」という言葉をチラホラ見かけます。社員紹介採用というもので、米国では20年以上前から普通に行われています。これは採用部署が社員をリクルーターにして、知人の中で有望な人を紹介して貰う仕組みです。米国の場合は規制する法律がないので、リファラル採用が成功した場合、紹介した社員に報奨金が支払われます。私が在籍していた外資系コンサルティングの世界ではこれが盛んで、新入社員(中途採用が殆ど)が入社すると、まず採用担当者がどんな人脈をもっているかインタビューして有望な応募者がいないかと尋ねます。

 

このように人をメディアにした採用活動は実態が見にくいですが、今後も流行っていくのではないかと思います。企業にとって手間暇はかかりますが、目に見える採用コストは下がりますから。

望ましくもない人間関係、望ましい人間関係、どちらにしても採用活動というのは極めて人間臭いお仕事ですね。

 

第344号:入り込めない就活映画&ドラマ

映画やドラマで時折、就職活動が題材になります。昔のものはすぐに「こんなことありえないよな」と笑いながら楽しめましたが、最近のものは良くできていて「これはリアルだなあ」と思わされることが多くなりました。それでも、よくよく観ていると「やっぱりこれはありえない」と感じてしまうことがあります。おそらくそれは採用担当者の目線で観ているからなのでしょう。

 

就活映画では1991年に公開された『就職戦線異状なし』が有名です。織田裕二が大学生を演じていたのをご覧になった方もおられることでしょう。この映画はバブル期の売り手市場の時に制作されましたが、公開時にはバブル崩壊が顕著になったこともあり、ますます現実離れになってしまいました。

 

そして昨年公開されたのが直木賞受賞小説を映画化した『何者』です。これを観た学生が「先生、あの映画は本当にリアルです」と興奮していたので、私も映画館に足を運んでみました。確かに登場人物のそれぞれが、実際によくあるパターンの学生を個性的に演じており、ネットを活用した就活やトラブルもリアルに描写されていました。

 

しかし、こうした映画やドラマは、最大多数の想定視聴者である学生の目線で描かれているので、学生には共感できても、採用担当者側の目線ではありえないと感じてしまい、ストーリーに入り込めないのです。例えば現在放映中の『就活家族』というTVドラマがあります。このドラマの中で、主人公の人事部長が生意気な応募学生に対して面接中に「君のような人間はどんな会社も必要としない」と発言するシーンがありますが、これは大手の企業ではまずありえません。

 

面接選考のその場で良い評価を伝えるならともかく、採用担当者が学生に面と向かって否定的な評価を伝えれば学生本人がそのショックでどのような言動に出るかわかりません。その場で泣き出すかもしれませんし、面接後にネット上でとんでもない発言をするかもしれません。大企業になればなるほど企業のコンプライアンスやブランディングの重みがわかっているので、人事部長は軽率な動きはとれません。不合格結果は何故落ちたかわからない、となる方が良いのです。だから多くの学生が「面接では良い感じだったのに何故か不合格になったんですよ!」と口にします。

 

ちなみに、多くの企業が面接の最初で、「この企業を知ったキッカケは何ですか?」と問うのは志望動機を問うだけではなく、業界の関係者(縁故筋、ビジネス筋等)ではないかを確かめるためでもあります。これもリスク管理です。

 

ところで、昨年の映画『何者』は、関係者の中での評価は高かったようですが、映画興行としては不作だったようです。察するに、現在の採用活動は画一的なマス型採用から個別のダイレクトリクルーティングへ徐々に移行しており、大学生もまた年々多様化しています。同世代の大学生間でも就活経験が異なってきているので大ヒットになる共通共感を生みにくいのではないかと思います。もしかすると、これからの就活映画&ドラマでは荒唐無稽で馬鹿明るいものの方が受けるかもしれませんね。

 

第343号:米国大統領選から学ぶこと-2

世界を騒がせた米国大統領選もトランプ新大統領の就任式が終わり、世界は現実を直視し始めたようです。今後どうなるかは予断を許しませんが、米国民の対応を見ているとリーダーや組織のあり方の勉強になります。特に大学のガバナンスという意味では参考にして欲しいと思いました。

 

トランプ新大統領の就任式は、支持率や参加者数等、前代未聞の諸事が枚挙にいとまがありません。不支持派デモがあれだけ多く報道されたのは米国マスコミの逆襲とさえ感じられます。一方、ネット上の記事で、二つほど興味を引かれたものがありました。

 

一つは、支持派と不支持派が壮絶に議論で、全く折り合いませんがお互いの立場は認め合っている、今風に言えばリスペクトは忘れていないところです。日本人が見習うべきは、感情論と理性論を切り離すことで(メンバーシップ社会の我が国ではなかなかできませんが)、討議も相手の感情や人格に触れるような言い方は避けて論争することですね。これは国柄だけではなく初等教育からの訓練がなければ難しいと思います。

 

もう一つは、不支持派の意見が現実的な点で「当選してしまったからには、役割は果たして貰う」という考え方です。決まったからには仕方ないな、という割り切りが早いです。私が外資系で仕事をし始めた頃に交わされた職場の会話を思い出しました。とあるビジネス案件で戦略が二つに分かれ、どちらも選びがたい議論になりましたが僅差で一方が選ばれた時です。選ばれなかったリーダーが「決定前には徹底的に議論したけど、決定後には従うよ」と別の戦略通りに黙々と仕事をしていたことです。

 

政治でもビジネスでも正解はありませんから難しい案件ほど選択は悩ましいです。だから大切なのはどちらの意思決定をしたかより、早く決めてその方針で早く実行することです。(ちなみに就活生も、いつまでも迷ってないでどちらでも早く決めて早く動いた人の方が結果は出やすいですね。)

例え気に入らない上司だとしても、感情は置いておいて早く動くことが組織を成功させます。逆に卓越した優秀な上司が完璧な意思決定をしたとしても、賛成しない一部の部下や仲間が文句を言い続けて渋々やっている状態では成功できません。失敗したら部下は自分たちのことより上司の責任にしがちです。

 

さて、私が企業から大学で仕事をするようになって不思議に思ったのは、学長や学部長等の「長」の意見や方針に何で教員はこうも文句を言うのかな?ということです。確かに大学は自由の議論の場ですが、その言い方や場面は気をつけなければならないと思うのです。教員という職業である限り。

 

特に学生の前は慎重になるべきです。若者はすぐに目の前の意見をまともに受け止めますから。余程のことでなければ組織トップへのネガティブな言い方は避けるべきだと思います。例え学生が大学や学長の非難をしていて自分も共感できたとしても、口車にのるべきではありません。同じ船に乗っていることを忘れずに、ちゃんと礼儀をわきまえた大人の議論を教えるべきでしょう。若者は大人の鏡であることを、しっかり肝に銘じておきたいものです。

第342号:キュレーションサイト炎上から学ぶこと

昨年から世界中で激変の出来事続いておりますが、最近炎上したキュレーションサイトについて大学生の関わりが気になっています。

 

私は大学時代に法学部で無体財産法(今は知的財産法と呼ぶのが普通です)を学び、知的創造活動に価値を認めるのはとても人間らしい学問だと思いました。しかし、その権利をグローバルに認めすぎると発展途上国は勝てなくなる矛盾もあり、ビジネスとして無制限に認めるのも悩ましい世界です。

 

知的財産は元々自分の財産を他者に使わせない(自分で独占して使う)権利だったのですが、社会が発展するに従って、その権利を他者に使わせることで収入を得るという公法から私法的な性格に変わってきました。そして現在の爆発的なネット社会の拡大によって、この権利が軽視されてきています。

 

この権利の意義や重要性は学ばないと価値も課題も理解できません。素人の実践は危険です。特に三次産業比率が高くなった日本では、ソフトの世界で働く人間ほどソフトについて高い意識が必要です。一般常識である善管注意義務以上のプロ意識が求められ、自分と他者の権利をしっかり尊重しなければならないのです。ところが、ネット社会はあまりに他者の知的財産の流通が激しく簡易であるため、いつしか大事なプロ意識や経営責任や順法精神が忘れられ、今回の事件を招いたのでしょう。

 

無体財産がローカルの問題からグローバルに、そして急速にネットに展開されている今、改めてこの世界の経営者は学び直さないといけません。知らずに従業員や社会を誤った方向に導いてしまいます。

 

カタカナは便利です。怪しいものもカタカナにするとイメージが良くなります。キュレーションといえばカッコ良いですね。しかし本職のキュレーターは目利きのできるプロで、博物館の膨大なバックヤードの財産の中から厳選して展示し、引用元を示すし複製品・模造品とも明記する専門家の仕事です。そうした能力や意識を持たずに、世間の情報を組み合わせて捏造したまとめサイトに広告まで貼り付けるなら、秘宝館・珍品館です。

 

この問題の裾野は大きいです。大学生にとっての関係では、卒論やレポートの剽窃問題、そして以下のURLに示したような綺麗なオフィスでインターンと名付けられたブラックバイトがあります。知らない間に学生がこうした世界に鈍感にならないように、キラキラ見える仕事の本質を見極める智慧や仕事へのモラル感を授けたいです。それが大学で学ぶ意義だと思います。

 

研究や教育や立法や行政よりも遥に速くこの世界が広がっています。原子力や遺伝子工学などと同じく、人間は未知で魅力的で危険なものとの付き合い方を学ばなければなりません。進化を止めるのではなく制御する智慧を期待したいものですね。慌ただしい授業や就職指導の中で、今年もしっかり学生を指導しましょう。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

▼「MERY」記事量産の現場 「90分に1本のノルマ」インターンが証言

http://withnews.jp/article/f0161209003qq000000000000000W00h10301qq000014399A

第341号:採用の書類選考と新方式入試の記述試験

何かと世間を賑わしている2020年の「大学入試改革」です。先月の報道では国語で導入される「記述式」試験について話題になりました。インターンシップ選考で処理選考の相談される日々なので、比較して考えてみましょう。

 

国大協の発表では思考力や表現力を測るため、新テストの国語の記述式問題は、解答文字数が80字以下の中難度と80字を超える高難度の2種類を出題するプランが出されました。その採点基準について選考の負担と基準について巷の議論が紛糾していますが、これは企業の処理選考の履歴書やエントリーシートの書き方と似ていると思いました。以下の通りです。

 

・80字以内の中難度(⇒履歴書レベル)

       ⇒何をやったかという事実のレベルで、体験程度の評価

       ⇒誰でもできること(常識・基礎力)

・80字以上の高難度(⇒エントリーシートレベル)

       ⇒文書の論理構成力の選考で、能力程度の評価

       ⇒他者とは違うこと(個性・応用力・論理表現)

 

学生は履歴書とエントリーシートとの使い分けを意外と知りません。両方とも口語体で似たようなものを書く人が多いです。私は、履歴書は「面接の会話のメモ」「質問して欲しい項目リスト」を考えています。80字以内の記述式試験のように、この文字数では「思考力」や「論理構成力」は読み取れません。故に、何をやったかを「事実」として簡潔に(数値と固有名詞を使って)表現しているかを見ます。その体験が、100人中何番になる希少性かという点です。エントリーシートでは、文字数がこちらで指定できるので(通常は300字程度にします)接続詞を使った論理構成力を評価しています。

 

こうした表現の使い分けができるかは、やはり国語教育にかかっていると思います。しかし、日本の小中高教育では生徒は論理的な文書の書き方を習いません。夏休みの思い出や読書感想文を「自由に表現しなさい」という指導です。以前から言語学の研究者からは指摘されていますが、これでは「思考力」も「表現力」も学生個人の能力や努力に委ねられてしまいます。このためには文書の形式(論理的な思考力と表現力)を指定した指導が必要です。(そうした文書力の無さを、日々、大学授業のレポートで痛感させられており、大学でしっかり教育せねばと思います。)

 

余談ですが、もうひとつ心配があります。それは学生の悪筆をちゃんと認識できるのだろうか?ということです。採点より下手くそな文字の「解読」の方に時間を取られるのが今の大学生の筆記試験です。これは最新のAIでも悩まされると思います。

 

▼参考URL:大学入試に「記述式」導入、全国一律では無回答が続出する(ダイヤモンド・オンライン)

http://diamond.jp/articles/-/110227

第340号:わかっているようでわからないコミュニケーション力

経団連が定期的に行っている会員企業人事採用担当者へのアンケートが公表されましたが「選考時に重視する要素」では、13年連続でコミュニケーション力がトップでした。何処が調べても不動の1位で居続けるのはジョコビッチもびっくりです。しかし、その意味・意義についての解釈には十分とはいえないところがあります。

 

このアンケート結果を論じるにはいくつかの視点があります。ここでは以下の3つの視点を挙げてみたいと思います。

1.コミュニケーション力という言葉がちゃんと理解されているか?

2.学生のコミュニケーション力の有無は問題なのかどうか

3.企業の期待するコミュニケーション力は大学で習得できるのか?

 

まず、「コミュニケーション力」という言葉は業界や企業や人によって捉え方に幅がありますので、意外と誤解を生みやすい言葉です。更に、社会(企業)と学生(大学)でも意味が微妙に異なります。例えば学生に「コミュニケーション力とはどういうものですか?」と質問すると殆どの学生が「相手の話をちゃんと聴いて理解して適切に対応すること」と答えます。これは全くその通りですが、企業からすればそれは当たり前のことで、その先まで求めています。というのは、学生の世界ではコミュニケーションそのもの(プロセス)が大事ですが、企業では過程よりも結果を求めます。つまり求めているもののレベルが違います。

 

次に、コミュニケーション力が低いのは問題かどうかです。最近、ユニークな採用活動で脚光を浴びている新潟のお菓子メーカーの三幸製菓では「コミュニケーション力は、会社に入ってから誰でもそれなりに伸びるので問題ない」と考えています。面接をしない「卒論採用」で有名なチームラボ社では、「当社は技術的な仕事が中心なので、対人スキルが弱い人でもネットで意思疎通が早く出来れば問題ない」と言っています。ちょっと特殊なケースかもしれませんが、これもコミュニケーション力の捉え方の違いを現し、更にその対処法まで考えています。

 

最後に、「コミュニケーション力」の正体が明らかになったとして、それは大学で指導・育成できるのか?という問題です。大学教員は「コミュニケーション」の分析を行い、理論を講義したり論文に著すことはできるでしょう。しかし、そうした教員自身が「企業の求めるコミュニケーション力」を教えられるでしょうか?研究者であり、かつ教育者になりえているでしょうか?それは相当に難しいことで、故に勉強せずアルバイトばかりしている学生が、あっさり内定を取ってしまったりします。

 

こうしたアンケートが出てくると識者やマスコミはすぐに「若者のコミュニケーション力の低下」を指摘しがちですが、「最近の若者は・・・」の前にちょっと注意して考えてみたいものです。

 

参考URL:2016年度新卒採用に関するアンケート調査結果

http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/108.html

第339号:米国大統領選から学ぶこと

世界中が衝撃につつまれた米国大統領選挙の結末でした。英国のEU離脱と同様に、大勢の推測とは反対の結果が出たことに驚きです。かつて民主党が政権をとった時と似ているという人もおりますが、なかなか見られないことだと思いますので、採用の仕事の示唆として考えてみましょう。

 

マスコミでは既に今後はどうなるのかという予測や対策に論点が移ってきましたが、なぜ予測が外れたかに着目したいと思います。私見では以下の点があげられます。

 

1.マスコミはヒラリー支持派が多かった

⇒米国の新聞は日本よりずっと政治家の支持姿勢が明確で、殆どがヒラリー支持に回った。

現政権(民主党)との関係からマスコミ側の期待度も現状より高くなった。

 

2.トランプ氏は政治家としては未知数だった

⇒フィリッピンのドゥテルテ大統領と違い、政治家としては初心者でマスコミからは想定外。

強烈な発言も伴い、エリートからはまさか通るとは思われなかった。

 

3.ネット(デジタル)データではすべては読めない

⇒ネットで動く(反応する)人は把握しやすいので、全体的な動きと見誤りがち。

ネット分析や広報が進んでも、投票行動は直接歩いて投票所に行かねばならない。

ジャーナリストの木村太郎氏が的中させたのは、自ら現地取材を行っていたから。

 

4.隠れトランプ派が多かった

     ⇒マスコミ報道の逆効果で、トランプ支持とは言いにくい風潮になっていた。

     選挙結果判明後、私の周りにも「実は俺はトランプ支持だった」という人が出ました。

つまり動態が把握しづらいサイレント・マジョリティが意外と動いた。

そして、不満をもっている人ほど連れだって積極的に行動に出るのはEU離脱と同じ。

 

こうした背景を鑑みると、日本の就職市場がネット経由からダイレクトリクルーティングにシフトしてきている状況と似ていませんか?見える市場から見えない市場への変化です。メディア経由の間接情報から、企業人(採用担当者やリクルーター)経由の直接情報で訴求していくようになってきました。今は企業の採用活動や学生の就職活動がなかなか見えなくなってきています。

また候補を企業に例えるなら、ヒラリー氏はメガバンクでトランプ氏はITメガベンチャーあたりでしょうか。求めるタイプ(支持するタイプ)が違うので、訴求ポイントも違ってきますが、新卒一括採用という現体制を、通年採用、キャリア採用に切り替えていく動きにだんだんと変わっていくでしょう。

 

こうなると採用担当者に求められる資質も(集団形成については)人事労務分野からマーケティング分野に変わります。雇用の流動化が激しい米国では昔から内部労働市場を対象にする仕事と外部労働市場を仕事にするのは似て非なるものです。日本の採用担当者も変革を求められてくるのでしょう。

第338号:電通という企業の特異なところ

大変な事件が起きてしまいましたが、正直「またか」という印象でした。この事件は広告代理店の異常な体質のように思われますが、業界の問題というよりは、私は同社独特の体質から出た問題だと感じています。なかなか実態のわかりにくい世界ですが、私が採用担当者として見ていて不思議に思うことの多い企業でした。

 

電通は最近でこそ巷で知られていますが、かつては特定の上位大学や広告研究会の強い首都圏メガ大学等にしか知られていない企業でした。ロサンゼルス・オリンピックのプロモーションを請け負った1984年頃から段々と一般に知られるようになり、学生人気ランキングにも顔を出すようになりました。そんな電通で私が不思議に思ったのは以下の点です。

 

1.紹介採用が異様に多い

2.圧倒的業界シェアだが、学生人気は2番手。

3.女性転職希望者の多さ

 

紹介(コネ)採用自体は何処の企業でもあり、珍しいことではありません。中小企業となると紹介採用だけで行っているところも多いです。しかし同社のような大企業では一般公募が殆どで、例外的に少数の紹介採用を行うものです。ところが、同社は紹介採用が一般の企業より多いようです(通説で1~2割といわれていて定かではありませんが、内定者から「半分がコネ採用でビックリしました」と聞いたことがあります)。これは同社の事業形態が多くの企業との関係性の中で決まっていく特殊な事情によるものと思われます。官公庁と取引の多い企業が天下りを受け入れていたのと同じです。

 

広告・マスコミは人気業界なので私も多くの学生から相談を受けますが、殆ど学生が第一志望にあげるのは業界2位の博報堂です。売上も社員数も採用数も圧倒的に電通の方が多いので、どんな事情があるにせよ第一希望にならないのは不思議でした。その事情がわかったのは、私がコンサルティング業界に入ってからです。コンサルティング業界は広告代理店と業態が似ていて、個人の力を思い切り発揮したい人が志願することが多く採用選考も何度が高いです。そのため企業との関係性より個人の能力がより発揮しやすいと感じる博報堂の方に集中するのでしょう。

 

私が外資系でコンサルタントを採用する時に、広告代理店もターゲットにしてヘッドハンティングしていました。当然、人数も多く高学歴で優秀な人材がいそうな電通にアプローチしたのですが、不思議だったのは、男性社員がまず誘いにのらないのに女性社員は殆どの方が「話だけでも・・・」と関心を示してくれたことです。これは今回の事件のようなパワハラやセクハラということより、女性が将来のキャリアパスを描きづらい(出世できない)という点にあったようです。

 

つい先日、大学授業にお招きした広告代理店の方が「今回の件が業界全体の慣行と思われては困ります。」とおっしゃっていました。なかなか一般にはわかりづらい世界ですが、これを機会に少しは理解がすすむと良いと思います。それが事件の再発防止にもなるのではないでしょうか。