yoshi のすべての投稿

第267号:無いものねだりの「求める人材」

企業セミナーで、採用担当者からの説明や学生からの質問でもっとも多いものに「求める人材」がありますね。このテーマについては以前も書きましたが、私は「求める人材」を求めすぎる人は「正解探し」をする人なので、あまり求めたくありません。正解のない問題に試行錯誤しながら挑戦するのが社会なのですから。(大学も本来はそういう場なのですけどねえ。)しかし、意外と採用担当者もこの点に気づいていないことがあるようです。

 

これはある中小企業の相談にのった経営コンサルタントの話です。その企業の新卒社員の早期離職率は、30%どころか70%で人事担当者が困っておりました。決してブラック企業ではなく、比較的良い企業なのですが、新入社員に「こんなはずではなかった・・・」と思われ、早期離職してしまうそうです。困った人事担当者は経営コンサルタントに相談し、入社式で講演をして貰うことになりました。すると、離職率がいきなり0%となり、辞める社員はまったく居なくなったそうです。さて、どんな講演をしたのでしょう?

 

この経営コンサルタントが話したのは、こんな内容です。

「君たちは就職活動の時にこの会社の説明を聞いたと思いますが、その時に『求められる人材』という話があったでしょう。ハッキリ言いますが、『求められる人材』とは『あるべき姿』であって、実際この会社にはそんな人はめったに居りません。これはどんな会社に行っても同じです。だから、これからそれぞれの仕事の現場に就いて、現実とぶつかるでしょう。でも、それは先輩社員も同じで、皆さん方を期待して迎えてみて『え、こんな新人の面倒をみるの?』と思われるかもしれません。だからお互い様ですね。そこからが始まりです。先輩も新人もお互いに理解し合って、『求める人材』になれるように頑張るのです・・・。」

 

これはコンサルタントのスキルのひとつである「エクスペクテーション・コントロール(期待値の管理)」というものです。クライアントである顧客の期待がどの程度のものであるかを把握して、現状や提案との大きな乖離がないように事前にしっかり説明することです。コンサルタントは往々にして過大な要求を受けて過大な期待をされがちですから。

 

新卒採用の言葉で言えば、リアリティショックの軽減ですね。要はワクチンをうっておくということです。今の学生は授業の説明の受け止め方が、本当に自分の都合良いところだけ、都合の良いように聞いています。あまりに自己都合になってきたので、私は授業のルールを紙に印刷して配布することにしています(なんだか外資系企業みたいになってきました)。

 

さて、だんだんと増え始めた企業セミナーをたくさん聞いていると、やはり採用担当者は声高々と「求める人材」を語ります。この経営コンサルタントの話を聞いた後に、何人かの採用担当者にこっそり尋ねてみたら、「ええ、確かにそんな人はなかなかいませんね・・・。」と気づかれた方が多いです。人事から依頼されてやってきたある現場社員からは「ええ、人事部の資料の『求める人材』なんて凄すぎるので、私は別にうちの部署に『望ましい人材』と勝手に話しています。」と伺い爆笑しました。「求める人材」は採用選考基準ではありません。採用担当者が語るのは、入社してからそんな社員になって欲しいという気持ちなんですね。もうちょっと気楽に受け止めて良いと思います。

第266号:コンピテンシー面接(自己分析)の弊害

10月になり、各地の大学には企業採用担当者が『業界研究』に訪れるようになりました。大学内の掲示を見ると、12月からは『企業研究』のオンパレードです。過去のコラムで何度か書いておりますが、私は大学生が社会を知るためにこうしたセミナーが開催されること自体は良いことだと思っており、採用選考の時期が早すぎるのが問題だと思っています。

 

しかし、この2つのことを切り離して考えるのは学生にも企業にとっても難しいようですね。企業の採用選考活動は、大学生に大きな影響を与えますから。例えば、すっかり主流になったコンピテンシー面接は、学生の社会を知る努力や意欲をすかっり削いでしまったと感じています。

 

コンピテンシー面接について改めて説明する必要はないかと思いますが、学生の行動実績にフォーカスし、その体験事実からどんな能力を身につけたかを問うものです。ここで問題になってしまったのは、一部の企業では『事実』の有無だけを聞きだし、将来への志望や見通し(志望動機)を問わなくなったことです。そうした企業の言い分を聞いてみると「学生の志望動機は社会をあまり知らずに語るから参考にはならない」「何を言ったかではなく、何をやってきたかで評価する」等々、ごもっともです。

(私はこのような上目線の面接をする採用担当者は嫌いですが。)

 

学生もそうした企業にあわせて、自分の過去の体験を振り返る『自己分析』に力を入れるようになりました。ここには『自分らしさ』『個性』をゆとり教育の影響もあるのでしょう。その結果、社会を知る『業界・企業分析』は後回しになり、『志望動機』はますます表面的なものになってきました。

 

改めて『自己分析』という言葉がいつ頃から使われてきたかと調べてみると、それはバブル後の90年代前半からです。更に古い前世紀の話で恐縮ですが、私が就職活動をした80年代には『自己分析』という言葉を聞いたことはなく、『自己PR』という言葉も珍しかったです。逆に誰もが必死に考えていたのは『志望動機』です。

 

当時はまだ指定校制度がありましたので、企業のセミナーに行って話を聞くということは有名校だけに許されたことでした。そのため、私のような中堅大学生は、新聞記事のバックナンバーを調べたり、証券会社の資料室に出向き、志望動機を考えるために、その業界や会社のことを一所懸命に調べたものです。そして、結果的にそれが社会を広く知ることとなり、行動力や調査力や忍耐力や根性になったものです。いま思えば、それは大学でレポートや論文を書く作業とも全く同じことでした。(残念ながら、当時も勉強のことはあまり面接では問われませんでしたが。)

 

翻って、いまの企業の採用活動を見ていると、学生に対して罪なことをしているなあ、と思わされます。特に情報洪水社会の中を生きる今の若者は、多忙で効率を求めがちで無駄なことをしたがりません。コンピテンシー面接自体は良い面接手法だと思いますが、せめて『志望動機』も聴いて欲しいものです。それは自社に応募してくれた学生に対する礼儀でもあります。そして研究不足で世間知らずとわかったら、すぐに不採用で結構ですから。

第265号:ついに登場!『就活サービス業界』

10月に入り、就活シーズンになりました。と言っても、企業や学生の話ではなく、就職支援サービス業界の仕事始めのことです。業界研究本の2014年度版が書店に揃って並び始めると、今年もいよいよかと思わされます。これまでは大手3社位だったところに、新規参入があったりで選ぶのに迷います。業界研究本は、社会人が読んでも十分、仕事の役に立ちます。そんな中、いつかは出るだろうと思っていた記事が出ました。そうです、『就活サービス』です。

 

業界研究本は、定番的に扱う各業界の分析・紹介記事と、その年々によってトピックとなる経済特集の記事とで構成されています。その分類・分析方法は、出版社によって個性があって面白いです。ちなみに、私は企業売り上げ構成比率(事業分野)が掲載されているものが好きです。著名な企業が意外と知らない事業分野で活躍してシェアをもっていることがわかります。

 

そんな中、今回の「日経業界地図」(日本経済出版社)に、冒頭で述べた『就活サービス』というのが初登場しました。まだ定番のコーナーではなく、注目の業界という特集記事の扱いですが、この産業の経済や雇用の規模が相当に大きくなったということなのでしょう。同書ではこの業界の企業を、メディア系、採用コンサルティング・アウトソーシング系、学生就職支援系と、主に3分野に分けて紹介しています。企業採用担当者や大学就職課の方々にはお馴染みの企業が並んでおりますが、半ページの扱いなので、正直まだまだ物足りない気がします。

 

もっともこの業界はどこまで就活サービスかは難しいと思います。リクルートスーツを販売するアパレル業界や、就活イベントで数万人を運ぶ交通機関、学生と企業を結ぶ通信インフラ業界等は、相当な規模ですが、『就活サービス』とは言われません。仮に学生がリクルートスーツに3万円かけるとして、日本の就活学生約60万人が1着買えば、それだけで180億円の市場です。紳士服の青山商事の年商は約2000億円、マイナビが約300億円ということを思えば、いかにこの数字が大きいかがわかります。更に学生の総額交通費はそれ以上にかかるでしょう。

 

この費用を稼ぐために、多くの学生はアルバイトに精を出します。外食、コンビニ、小売り、接客業と、学生の労働力で成り立っている業界もかなり増えてきました。こうしてみると、就職活動というのは、いまや経済や社会に与えるインパクトが相当に大きくなってきたことがわかります。経団連会長が就職活動短縮に乗り気ではないのも理解出来ます。

 

2015年度になって就職活動が短縮化では、企業採用担当者も対応を暗中模索していますが、『就活サービス』業界はそれ以上に大きなインパクトを受けそうです。2015年度版の業界本に定番記事として残れるか、それとも消え去るか、注目しておきたいと思います。

(ちなみに、日経業界地図での『就活サービス』の景気見通しは「曇り」です。)

 

 

第264号:半沢直樹から何を学べるか?(学べないか?)

皆さんはドラマ「半沢直樹」はご覧になっていましたか?関東地区で今世紀最高の視聴率(42%)を記録したそうですが、私の授業で尋ねてみたら、やはり約4割の学生が視聴しておりました。私は学生に勧められて途中から見始めたのですが、企業の実情をなかなかよく描写していて面白かったです。反面、人事を経験した人間としては、学生には誤解が無いように理解して欲しい点が多くありました。

 

最も気になったのは、やはり「出向」という言葉の扱いです。出向は業界・企業によって意義や運用方法が大きく異なります。このドラマのメガバンクでは、出向は「地獄行きの片道切符」という扱いで、出向になったら仕事人生はもう終わり、という描かれ方でした。しかし、グループ経営の形を取る企業では出向はそれほど悲惨な人事異動ではありません。例えば、海外現地法人へ駐在に出るケースなどは出世とも言えますし、大手製造業の人事部員もよく開発生産をしている子会社に出向しますが、それは本社ではできない労務管理の経験を積むためです。そして、そもそも出向とは必ず元の籍のある企業に戻ることが前提で、以下のような場合は法的に問題になる可能性があります。

 

▼出向が権利の乱用として無効になる可能性のある場合

・業務上の必要性を欠く場合

・人選の合理性を欠く場合

・職種がまったく変わる場合や勤務態度が著しく変化する場合

・復帰が予定されていない場合 等

 

また、半沢直樹のようなトラブルにぶつからなくても、銀行の人事制度は官僚と同じく、支店長になれなければふつうに出向です。初めてこの銀行の運用方法を聴いた時には、やはり「出向=左遷」と思って銀行に就職した多くの知人を可哀想だと思っていましたが、人事部になってから改めて銀行の人事の人と話すと、良くできたシステムだと思いました。当時、一般企業での転職先斡旋は、高齢者のアウトプレースメントくらいでしたから。

 

実際、私の大学の後輩の銀行マンは、日経新聞の経済教室に記事を書くほど優秀でしたが、その後、良い企業に出向(その後、転籍)になって幸せに暮らしています。もっとも、銀行から来た人は数字に強いと思い込まれて苦労したそうです。ドラマのように趣向銀行マンは経理に配属されることが多いのですが、バブル崩壊後は、与信管理(融資金額)がコンピュータ・システムですぐに分かる時代となり、ちゃんと決算書がわかる銀行マンは貴重な存在になってきました。たまに、出向を受け入れた企業から、仕事ができないのでお返しします、と戻されることもあります。(そして、また別の企業に出向になるのですが。)

 

このように、企業者のTVドラマはとても楽しめますし良い企業研究にもなるのですが、上記のような人事についての知識がないと、良くできているだけに、学生にはそれが一般的な事実と思われかねません。逆に言うと、こうしたドラマが楽しめる位に志望企業・業界の研究をしてきて欲しいものです。

 

第263号:採用担当者を休ませて働かせよう

夏休みもたけなわです。インターンシップの対応等がない採用担当者もこの時期は比較的のんびりされているようです。倫理憲章で広報活動の解禁が12月になったお陰かもしれませんが、来年は更にまた時期がズレます。採用担当者の方々に来期の対応を伺ってみると、異口同音に「まだどうして良いのかわかりませんが、何かしないことには・・・」という回答が返ってきます。採用担当者はすっかり休むことを忘れてしまったようですね。

 

採用担当者が「季節労働者」と言われていたのは、インターネットが世の中に広く普及する前、90年代後半まででしょうか。ちょうど就職協定が廃止になった頃ですね。私が営業部から人事部に異動したのは4月で、人事部が採用選考のピークでした。まだ採用活動のことを殆ど知らないままに、会社説明や面接の嵐に巻き込まれ、終電を追いかける毎日になりました。そんな時に先輩が言った言葉を今でも覚えています。「俺たちは季節労働者さ。今は大変だけど、夏になれば毎日(午後)5時に帰れるよ。」

 

20年近く前のことなのに今でも鮮明に覚えているのは、とても信じられないという強烈な印象だったのでしょう。しかし、その言葉は本当で、8月にはそれまでの騒ぎが嘘のように仕事がなくなりました。これも記憶に残っているのは、「本当に早く帰って良いのかな?」という感覚です。勿論、それなりの年代になれば仕事は自分で作り出すものですから、いくらでも新しいアイデアを出して主体的に仕事をすることはできます。しかし、考える間もなく作業に忙殺され続けていると、考えて仕事をする能力が衰えてきます。言い換えると、無思考に作業を続けるのは楽なのです。

 

就職協定がなくなり、インターネットが普及し、膨大な応募者がやってくるようになり、エントリーシートやセミナーの嵐、そして更には3年生向けのインターンシップの準備に留学生対応・・・。今の採用担当者は作業に忙殺されて考えて仕事をする余裕がなくなってきています。10年以上もこの状態が続いているのです。

 

そんな今、政府の方針でいきなり採用時期を遅らせろと言われました。これは「そんなに仕事をしないで下さい。」と言われたのと同じことです。本来ならば、喜んで季節労働者に戻り、今の仕事の問題を洗い出したり新しい企画を考えたり、余裕がないとできないことに取り組むものです。しかし、そうした考える仕事をする能力や感覚を忘れると、「まだどうして良いのかわかりませんが、何かしないことには・・・」というセリフが出てくるのかもしれません。

 

今回の倫理憲章の改訂にあたり、私は採用担当者に大事なことを考えて貰う時間にあてて欲しいと思っています。そうしたことができるのが採用担当者の夏休みであって欲しいと思います。

 

もし採用担当者がどうして良いか途方にくれていたなら、大学のオープンキャンパスにでも招待してあげてはどうでしょうか?オープンキャンパスはどこも盛況ですが、採用担当者が大学にやってきて、「大学の授業に期待すること」とか「就職活動と採用活動の今後の課題を考える・・・」といった対談の企画は見かけません。企業も大学も有意義なオフシーズンを過ごす季節労働者であればと思います。

第262号:ブラック企業が生まれる背景

「ブラック企業」が流行語になってきましたね。その実態や定義が曖昧なので、私はあまり気にしておりませんでした(最近話題になった「ブラック企業大賞」がネットニュース上ではエンターテイメントのコーナーに分類されていたのは苦笑しました)。しかし、厚労省が来月4000社に立ち入り調査を行うとまで聞いて、人事の視点から少し考えてみました。

 

ブラック企業というのは、文献やネット上での定量的判断としては残業時間・離職率・有給休暇取得率等を目安にしているようですが、指摘されている企業の特長を定性(業界研究)的にみてみると以下の点が共通に見受けられると思います。

1.BtoC企業(一般消費者向けビジネス)

2.急成長業界(企業)で大規模化

3.カリスマ(ワンマン)型経営者

4.社員の能力開発投資が少ない

5.少数正社員+多数非正規社員

6.仕事の発展性(専門性)が低い

 

いわゆる労働収益型産業に多く見られる傾向ですね。これらの特長を備えていても立派な企業は数多くあります。しかし、規模が大きくなり従業員が増えるほど、ブラック企業と問われるリスクは高まります。企業にとって恐ろしいことは、数万人規模の企業でも、たった一人が労働災害にあえば、それだけである日突然、ブラック企業にされてしまう可能性があることです。ネット社会になったいま、人の意識も情報の流れ方も大きく変わり、それがまたブラック企業論議を増やす背景になっていますから。

 

正社員中心の日本型雇用慣行を行ってきた企業では、そのような事態にならないように管理者には指導教育をしてきました。それがブラック企業への防止策です。しかし、急速に非正規労働者を導入して拡大してきた企業では、体制構築が企業の成長(膨張?)に追いつかないことがままあります。急速な人員ニーズ⇒非正規社員の増加⇒企業の教育不足⇒労働災害⇒ネット社会での情報拡散というブラック企業生産の公式に陥ります。

 

ここまで書いてきたところで、この話題に当てはまりそうなニュースが飛び込んできました。「秋田書店のプレゼント未発送事件」です。ことの真相はまだまったくわかりませんが、果たしてブラックなのは企業の方なのか、社員の方なのか?注視して参りましょう。

 

*参考URL

▼秋田書店・景品水増し:不正訴えた社員解雇(毎日新聞)

http://mainichi.jp/select/news/20130821dde041040005000c.html

▼不当景品類及び不当表示防止法第6条の規定に基づく措置命令について(秋田書店)

http://www.akitashoten.co.jp/news/200

▼【社告】毎日新聞の報道に対する弊社の見解について(秋田書店)

http://www.akitashoten.co.jp/news/201

第261号:エイベックスの新卒一括採用中止は仰天か?

少し前にエイベックス社が新卒一括採用を中止して、自社独自の採用方式を行うと報道されました。メディアの一部では「仰天」採用、新卒一括採用の崩壊等、注目していたようですが、私にはごく当たり前のことで、何が「仰天」なのかがわかりません。改めて思うのは「新卒一括採用」の理解とは凄く難しいことなんだなあ、ということです。

 

私がこの方式が「仰天」にはあたらないと申し上げるのは、以下の理由からです。

「新卒一括採用」は、

1.日本全体の雇用からみれば、大企業だけの特殊な方式である。

2.過去の流れからみれば、相当に変化が激しい。

3.特定の産業には不向きな方式である。

 

周知の通り、世の中の殆どの企業は中小企業であり、新卒一括採用を行っている大企業は全体の1%にも満たないです。その1%の大企業に大学生の過半数が応募しているというのは、この10年間の情報技術の発展が可能ならしめたことです。そして、その応募者の殆どが不採用になっていることに疑問を持たずに毎年継続されているということの方が仰天です。(結果、大学・学生・企業が疲弊する。)

 

新卒一括採用は、少し長い目で見れば、相当に変化をしています。例えば就職活動の解禁繰り下げについて3年生の3月1日以降にするという最近の決定も、1980年代の解禁日は4年生の10月1日でもっともっと遅かったですし、更に遡って1970年代となると、今と同じく3年生の秋から開始されていました。他にも「指定校制度」の廃止等、仰天する出来事は多かったです。

 

また、新卒一括採用など最初から気にしていない特定の産業があります。この代表がマスコミ業界、新興ベンチャー企業等で、エイベックス社もその範疇です。創業20年の同社は、新卒採用を16年前から行ってきたそうですが、それは新卒一括採用が現在のように相当に産業化されてからの参入で、採用規模も20名程度ですし中途採用の方が中心です。

 

こうした背景の中でエイベックス社が「今の」新卒一括採用に疑問をもつのは当然のことであり、私から見れば本来の姿に戻ったという印象です。年初に話題になった、岩波書店の縁故採用重視主義と同様のルネッサンスのようなものです。岩波書店が採用方式を変えたのは、ネット環境の進化による無理解な応募者の急増によるもので、エイベックス社の動きと同じです。その変更方式を、大々的にやるのか、内々でやるのかには、2社の業界・社風の違いはありますが。

 

実は私も音楽業界に関心があり、4年生の夏からは有名なレコード会社に入りこみ、モニター活動に精を出していました。給料は貰えませんが、新人アーティストの広報活動のお手伝いなどをさせて貰いました。今ならまさに「インターンシップ」ですね。それによって、殆どの若者(大学生とは限りませんでした)は、「この業界は仕事にしない方がいいや」と判断して趣味と割り切りましたが、ごく少数の者は、そのままその業界に就職しました。エイベックス社の創業者がまだ大学生になる前の時代ですが、やっと同社もそうした原点に辿り着いたようですね。

第260号:教材ビデオの「ねじれ理解」

春学期(前期)の授業が終了しました。私が法政大学で手掛けている教材ビデオは、お陰様で今期も好評に終えることができました。この2年間で学内外の大学生、約5000人が受講しました。これだけの学生の受講感想を見ていると、想定外の「ねじれ理解」をしていることもあります。それは大事な指導ポイントでもあります。

 

教材ビデオは、実際の仕事の現場でおきた事例をモデルにして制作しておりますが、主人公クラスはプロの俳優の方にお願いして再現しています。ビデオを視聴した学生の感想で良く出てくるのは以下のようなものです。

 

「こんな優しい上司はいない」

「私のアルバイトの店長は指導なんかしてくれない」

「これはドラマだ(現実とは違う)」

 

こうした学生の感想を聴くと、確かにそのとおりだと思いがちですが、実はここに「ねじれ理解」が潜んでいるのです。というのは、殆どの学生は企業内での実際の上司が部下を指導する場面を見たことがありません。それなのにどうして上記のような感想が出てくるのでしょう?それは、学生の理解の根拠が、漫画やTVによるものだからです。私も多くのトレンディ・ドラマを楽しんでいますが、その中で企業の仕事を扱ったものは非現実的なことがよくわかります。なので、学生とは逆に「こんな酷い上司はいない」と思うことの方が多いです。私が恵まれた職場に居たからかもしれませんが、多くの企業の採用担当者を見ていても同様に感じます(だからドラマは面白いのですが)。

 

また、アルバイト店長という現実での学生の上司の場合、そうした上司(店長)も多くは非正規社員であり、部下の指導方法や育て方などのトレーニングも受けておりません。短期間に作業を行わせる作業効率中心の指導はしますが、それは正社員を長期に育成するようなものではありません。私も長年、社員研修や指導員をやってきましたが、新入社員にはあえて限界を超えるような仕事量を与えたり、未知の仕事をさせてみたり、わざと失敗から学ばせる経験をもたせます。

 

ところが、こうした(正社員の)上司と部下の指導関係を見たことのない学生にとっては、非現実的な上司を現実と思い、現実的な上司を非現実と思い込む「ねじれ理解」になっているのです。

 

これは民間企業で働いたことのない教職員の方には気づきにくい点かもしれません。しかし、学生が物事を判断する時に、その判断の根拠となる事実がオリジナル(一次情報)によるものなのか、誰かの価値観の入った伝聞操作(二次)情報であるのかは指導できると思います。大学で学ぶアカデミック・スキルは、そのまま社会でも就職活動でも活きるのです。国会のねじれ現象も片付いたようですので、学生の意識のねじれも解消してあげたいものです。

 

第259号:産学連携から「産学連続」へ

文科省事業の「就業力GP」については皆様の記憶に新しいと思います。2010年から5カ年の予定で開始された事業ですが、当時の民社党政権による事業仕分けで、わずか1年で廃止になってしまいました。その後を受け継いだ「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」で継続的に取り組んでいる大学は約100校になりますが、法政大学もその1つです。来る8月5日(月)に公開シンポジウムを開催し、我々の活動報告を行います。企業、大学関係の方々と多くの意見交換できればと思います。

 

私が法政大学で取り組んできたテーマは、「産学連続教育」です。産学連携から更に一歩踏み込んで、大学と企業で協働した人材教育のプログラム開発のことですが、具体的には、以下のようなものです。

 

1.大学授業と企業研修で共通に使える教材の開発

2.大学の能力評価と企業の採用選考で共通に使える基準の開発

3.上記活動を共通の財政支出で開発

 

例えば、このメルマガでもご紹介してきた教材ビデオは、企業のケーススタディを戴くだけではなく、その教材の人材育成にも使用できるように上位バージョンを作成しました。法政で開発したアセスメント・ツールについても、そのまま企業の一次選考に使用できるものにしました(大学側の視点で言えば、能力指標付の新しい学校推薦です)。そして、これらを開発するための予算も、文科省の補助金だけではなく、協働企業にもご負担戴くことができました。シンポジウムでは、実際にこのプログラムに参画戴いた企業人事の方からのコメントも戴きます。

 

そして、私が「連続」という言葉に込めた想いは、この文科省事業が終了しても継続できる「体制」

の開発です。この2年間をかけて開発してきたプログラムはある程度の形になりましたが、これからの2年間はこのノウハウを多くの企業・大学の方々とシェアしていくことです。国の事業は往々にして予算が切れた時点できれいに消滅してしまいます。そうした前例を打破した「連続事業」にしたいと思っています。それはきっと、大学教職員と企業採用担当者の深く良い関係にもなると思うのです。

 

以下、参考サイトURL:

▼「働くチカラ」シンポジウム(8月5日)⇒どなたでも参加できます。

http://3dep.hosei.ac.jp/event/details/2013/07/04/id2716

▼「新作教材ビデオ」ワークショップ(7月19日)⇒教職員向けです。

http://3dep.hosei.ac.jp/event/details/2013/06/27/id2649

*ビデオワークショップにご参加の方には新作教材ビデオを差し上げます。

 

第258号:できない採用担当者とできない上司の共通点

採用担当者というのはとても危ない仕事だと思うことがあります。世間を良く知らない若者に対して、自分も一部の社会(会社)しか知らないのに、「最近の若者は・・・」「企業の求めるのは・・・」と偉そうに語ってしまったり、採用面接で大勢の若者を評価しているうちに自分は「人を見極められるプロ」と思ってしまったり。確かに採用のプロには違いありませんが、できるプロかできないプロかは、自分ではなかなか気付けません。

 

先日、馴染みの採用コンサルタントから、最近のお客さまから良く聞くという嘆きを伺いました。

「いまの学生は面接もグループ・ディスカッションもしっかり対策してくるから困る。就活テクニックを教えるようなキャリア教育なんかやらない方が良い。」

採用担当者から大学非常勤講師なった私に向けて言われているような気がしましたが、それはさておき、このセリフから私が感じたのは、多くの採用担当者は大学で学ぶアカデミック・スキルを学んでこなかったんだなあ、ということです。

 

私が大学で教えているのは、社会で通用する力は大学の勉強からも身につけられる、ということです。面接における論理的な構成の立て方、わかりやすいプレゼンテーション、討議の進め方、発想を引き出す手法、人を動かすためのコミュニケーションスキル、そして、未知の問題に向き合う根性。

いつも学生に伝えているのは、就職という未知の課題に対して迷ったり立ち往生するようでは、大学での学びは十分とはいえない、ということです。

 

一般に、採用担当者は面接で聞かれる質問や、グループ・ディスカッションのテーマを事前に知られることを嫌います。それは、応募者を公平に扱いたい(先に来ても後に来ても同じ条件にしたい)という気持ちと同時に、ネタがばれると選別できないという心理が隠れていることがあります。つまり、上述の採用担当者の嘆きは、アカデミックスキルの発揮による回答と、単なるネタバレの回答とを区別できていない、ということです。ちゃんと解決しようとする採用担当者はコンピテンシー面接等で、事実を中心に聴きだし、面接の順番や話し方だけでは左右されないような対策を考えます。

 

今春の麻布高校の入試問題で「ドラえもんが生物ではない理由を述べよ」という設問が話題になりました。一般の評価は分かれていますが、この設問の本来の狙いは、学んだことを総合・統合して回答に導く応用力だと思います。「どう答えれば良いのですか?」という生徒ではなく、「こう考えれば良いのではないですか?」という学生を求めているのでしょう。(採用面接でも試してみたいです。)

 

採用担当者がこうしたことを考えた上で選考をするのなら良いのですが、ネタバレを恐れる、つまり自分だけ正解・情報をもっていて優位に立とうとするなら、それはできる新人に対して情報の有無だけで偉そうにしている上司と同じことなのです。採用というのは大変苦労する因果な仕事ですが、無数の若者を選考しているうちに、「裸の王様」にならないよう、気をつけたいものです。